TEXT 2016


The Secret Diary

-山口百花 個展『日記(私の、あなたの)』をめぐって
[展評]

  「偶然だらけの私の日記が、あなたの日記でもありたい」と言われても困る。
山口百花によるステートメントの文字数は、前回の個展『偶然は見つけるもの?』と本展を合わせて約700。そしてその中に「偶然」という言葉は計8回も登場する。それほど作家にとって「偶然」は重要なものであるようだ。が、冒頭のコメントに軽い反発心を抱いてしまった筆者は、あえてその「偶然」を疑うことにした。
 そこで、インタビューでは最初に「偶然」の実態を具体的に把握し、(ちょっと意地悪だけれども)あわよくば「偶然」それ自体の否定もしてみようと考えた。まず知りたかったのは、何気なく表現した形象が何かに見えてくるという「現象」がそんなに都合よく起きるのかということ。科学者的な態度を装って「実際には描いたうちの何割くらいですか」と尋ねたら、それは画面の大きさにより異なるそうで、小さなドローイングなどでは低確率である一方、大きく身体を動かして制作するようなサイズでは「知っているものにしようとする意識がどこかで働くのか7割くらい」になるという。
 次に、描いてからその「現象」が起こるまでの時差について。作家曰く、一週間に一度程度それまで描きためたもの見かえす機会があり、その際に、描いた時期やそれ以前に目にしたものと結びつけられることが多いという。そしてこう続けた「たしかに自分が見たものしか浮かんでこないよなあ、と思ったり」。今だ!筆者は懐に忍ばせていた質問を投げた。「偶然というものはそもそも存在せず、それらは必ず前提となる原因があって起こる、つまり「必然」なのだとする考え方もありますよね?そう思うことは全くないのですか?」。
 彼女は述べた-かつて「偶然」について調べた時、その正体は「必然」であるとする言説がとても多かったということを。そして意思を感じさせる口調で語った。「でも、湧き上がってきたものがあらかじめ決められていたものとは思いたくない。だから、その考えは理解はできるけど共感はできない」。
その明朗な言葉にちょっとした敗北感を覚えたので、今度は切り口を変えて素材や技術について訊く。というのは、そこには「選択」や「学習」といった主体的行為、あるいは作品を物理的に成り立たせるための意思が存在し、いずれも「偶然」の支配が及びにくい領域だからだ。
 そこで最近の事例として示されたのは板を支持体とする試み。具体的な利点は浸み込みの速さによる描きやすさだという。が、筆者が注目したのは、板ならではの堅さがあってこそ生み出されるしっかりとした線の存在だ。それ自体はさほど目立つものではないが、それでいてイメージが画面の外に流れ去るような動き引留め、その絵画を永遠のものとするような重要な役割を果たしていた。
 経験の蓄積は、表現に適した画材や描法の探求などにおける精度の向上に直結する。それ自体は殆どの作家にとって良いことなのだろうが、ただし彼女に関してはそうは言いきれない。なぜなら、無意識的なものを含め身体に備わっていく能力が「偶然」に及ぼす影響は、少なくとも現在の彼女の制作手法に対しては複雑な意味合いを持つことになるからだ。それはいずれ作家が向き合うべき課題となっていく可能性もあるが、だが別の見方をすれば、新たな表現が生まれる契機と想像することもできる。
 最後に尋ねたのは、制作した作品と、発表する作品の比率について。作家は少し悔しそうな感じで答えた。「アトリエから出さないもののほうがずっとずっと多い」。もしかしたら、彼女は偶然のできごとを愛おしいと言ってはいるが、実は「偶然」というものに相当裏切られてきたのかもしれない。そう思うと、「偶然だらけ」という日記も急に秘密めいてきて、なんだかのぞき見をしたくなってしまった。
(2016年11月、RISE GALLERY WEBサイト https://www.rise-gallery.com/exhibition/2016-2017/november2016.html

 

 

  

ひたひたの記憶

-梅花美月の造形をめぐって

  常陸国の名は一説に、この地を訪れたヤマトタケルノミコトの袖が泉に偶然「ひたった」ことに因むという。旅の途上で衣をうっかり濡らしてしまった英雄の姿は、後年あてがわれた「常陸」という字面の堅牢な印象ともまた異なり、微笑ましい雰囲気が漂う。
梅花美月が制作の拠点とするのは、その北部にある「西ノ内和紙」の生産地だ。その仕事は水分をたっぷり含んだ楮の繊維をメッシュ状のパネルに平置きすることから始まる。まもなくそこからはしずくがぽたぽたと落ちはじめ、やがて最も造形に適した時間が訪れる。そして和紙とは異なる運命を得たその素材は、与えられた色彩を吸い込みながらひとつの作品へと成長していく。
  その結果として現出した画面はまるでランドサットが捉えた常陸国の地表のようであり、その一部は叢雲のようでもある。そして、水を介して生み出されたその造形は、かつてひたひただった頃の記憶をその深層にとどめているにちがいない。

(2016年10月、銀座K's Gallery「梅花美月展 虚空を見つめる-Ⅶ-」DM)

 

 

 

  

反映といざない 

―「鳥居純子展 koe」をめぐって

  ある輸出陶磁器商の旧居の庭にそれらは置かれていた-2015年の秋、初めて目にした鳥居純子の絵画は箱のかたちをしていて、緑の地面から立ち現われたようなそれらの佇まいは花や茸の様態を連想させた。かつて職人的な立場で描画に従事していた彼女が「表現」の道を歩み始めたのは10年程前のこと。光景と抽象が重なり合う画面はモネの実験精神をふと思わせるが、その茫漠さに関してはむしろターナーのそれに近い。
 作家は近年、公開制作やコラージュなど手法や素材の面で様々な挑戦を重ねており、さらにはギャラリー以外の展示環境を表現の糧とする逞しさもみせている。東京では初の発表となる本展のテーマは“koe”=声。その制作において作家は世界に耳を澄まし、そして聞こえてきたものをカンヴァスへ反映することを試みている。一方、今回は見るものを画面の中へといざなう動物も新たに登場。その存在が作品にもたらすものにも注目したい。

(2016年10月、トキ・アートスペース「鳥居純子展 koe」DM、ギャラリーWEBサイト http://tokiart.life.coocan.jp/2016/161003.html

 

 

 

 

  

青春と白秋と朝 

-板垣真実「あしたのパン」をめぐって

  「彼女はブラジャーをはずしているところですか、それともつけようとしているところですか」と私は尋ねた。作家は笑顔で答えてくれたが、しかしすぐに「ですが、どちらでもいいんです」と訂正した。
   青い春と書いて「青春」。誰もが知る日本語である。四季の名に色を冠して人生の段階を表現するこの言葉は中国の五行説に由来しており、知名度はぐっと下がるがその後には「朱夏」「白秋」そして老境を表す「玄冬」が続いている。板垣真実による人物像のモデルたちはちょうどこの青春と白秋に該当する人々で、そのほとんどは女子高生か背広姿のおじさんだ。
   副題の「あしたのパン」は明朝の食事を指している。作家によれば、誰もが親しみを覚えるような日常の一場面から引用したものだが、同時にそれはいのちをつなぐための行為、そして明くる日という直近未来の象徴でもあるという。
 時おり耳にする常套句にあるように、たしかに朝は誰にでも平等にやってくる。しかし残りの人生において見込まれる回数の差は、青春と白秋では歴然だ。そして「朝食という一種の儀礼」を軽んじたり茶化したりすることができるのは、その意味を実感するにはまだ若すぎる前者のみに許された特権であるともいえる。食パンをくわえて走る女子高生が曲がり角で転校生と鉢合わせするような鉄板ネタもまた、その権利なくしてはありえないだろう。
  自分の胸に手を当ててほしい。その青春時代の朝、欲求の対象はパンなどではなかったはずだ。冒頭の質問の答えは、そんな回顧とともにそのホックを見つめる者にだけ降りてくるのかもしれない。
 
(2016年10月、NANATASU GALLERY WEBサイトhttps://www.nanatasu.jp/exhibition/index.php?id=52

 

 

 

 

  

飛べないはずの鳥は 

-明円光「COLORS」をめぐって

  明円光といえばラバーダック、所謂「おもちゃのあひる」である。個展を訪れるたびにその群れに迎えられること数回。いつしかこのモチーフは作家の出身地・北海道を舞台とした「幸福の黄色いハンカチ」の感動的なラストシーンと筆者の脳内で重なり合い、有名な絵画作品等に着想を得たシリーズのヴァリエーションとして「ハンカチの代わりに彼らが隊列をなして青空を泳ぐような光景」を描いてくれないかしら、とさえ勝手に思っていた。
 その作家が、あひるから離れる決意をした。さらには、あひる以上に長く関わってきた油彩技法や着実な具象表現とも距離を置き、偶然性や不確かさも取り入れながら新たな表現を探求しているという。今回の個展では「カラフル」をテーマに制作したなないろの水彩やオープンエア―のインスタレーション等を発表。子ども達のためのワークショップも用意され、オープニングには音色という色も添えられる。
そんなわけで、飛べないはずの鳥はあっという間に彩りのたわむれへと昇華してしまった。あのキュートな瞳やくちばしにもう会えないのは少し淋しい気もするけれど、本人曰く、個展を「ハッピーな空間」としたい気持ちはこれまでと変わらないとのこと。
空即是色色即是空。しばしその変容の様子を眺めることにしよう。 

 

(2016年9月、NANATASU GALLERY WEBサイトhttps://www.nanatasu.jp/exhibition/index.php?id=51

 

 

 

 

  

旗を暴く 

-椋本真理子 個展『リゾート』をめぐって[展評]

  元来リゾートは「とりつくろった感」が漂う場所である。なぜなら、それは急ごしらえの楽園に他ならないからだ。実際のところそこで供される魚介やフルーツの一部は別の国から輸送されてきた冷凍食品であるし、南国のムードを盛り上げるハイビスカスの造花やスタッフが着用するカラフルなユニフォームの殆どは「世界の工場」と称されるアジアの大国で生産されたものだ。こんにちのリゾートを成立させているのは近代化された物流網とイメージ操作であるといっても過言ではない。
 一方、そんな「リゾート」をテーマとしてきた椋本真理子が表現する立体作品は20世紀なかばのアメリカで展開したハード・エッジなペインティングのように冷徹に塗り分けられており、その視覚的な明朗さは時に国旗のそれとも重なり合う。
   ところで、ロラン・バルトはその著書『表徴の帝国』において、「表徴」というのは「表徴されるもの」の存在を前提としながらも、特に日本では前者は後者の単なる模倣ではなく、そして置換も不可能であることを述べている。これは身近な事柄で例えるならば、ウメという植物を記号化した家紋・神紋(加賀前田家や天満宮など)あるいは意匠化させた「光琳梅」は、ウメとは別の価値と機能を有した自立的な表象であり、最早相互の代用品にはなりえないといったことになるだろう。そして、ここで椋本の作品に立ち返れば、彼女が制作上のテーマとしてきた「自然とリゾート」の関係もこの「表徴されるもの/表徴」にあてはめることが可能だ。さらに彼女がその「リゾート」を象った作品じたいに関しては、突貫工事の舞台装置のような実際のそれよりも遥かに堅牢であり、綻びやヒビのような隙を見せることもない。また、FRPという人工的な素材がその仕事を支えていることも「自然」との断絶を決定的なものにしているといえるだろう。その作品はまさしく「自然」ではなく「自然を装う人工」の完全なる偶像なのである。
 この地上において内憂外患のない国家は存在しない。そしてそれらの旗は悉く塗りむらもはみ出しも許されない厳格な規格で管理され、クールな面持ちでその実情を覆い隠すという重要なミッションを遂行し続けている。極端に象徴化されたイメージの裏には必ず意図的に捨象された何かが存在するものだ。椋本の作品のビビッドで無機質な表面を見れば見るほど、その向こうからは現実のリゾートに潜む矛盾や嘘がじわじわと浮かびあってくる。そして、そこからは「暴く」というエモーショナルな感覚が作家のうちに濃厚にひそんでいることが察せられるのである。 

 

(2016年7月、RISE GALLERY WEBサイトhttps://www.rise-gallery.com/exhibition/still/july2016-2.html

 

 

 

 

  

逃げ水のようなものを

-山本春花 個展『Encounter』をめぐって[展評]

  夢から目覚めたとき喜怒哀楽の余韻だけが残されていることがある。「喜」の時などはニヤケ顔のまま記憶を手繰り寄せようとしてみるが、残念ながらそこには得体の知れないもやもやが在るだけだ。運よく手が届いたとしても結局その先は途切れ途切れでまことに覚束ない。
 《Not be rebuilt》 は作家が見た「夢」を源としたインスタレーションである。眠りの中でしばしば建物のような構造物に出会うという作家は、フレームの組み合わせでそれらを表現し、さらに色彩をともなう断片的イメージを漂わせている。その雰囲気は文法という鎖から解き放たれた散らし書きにも近く、読解や追跡を拒むさまは筆者自身の明け方の経験ともうっすらと重なり合う。「再構築されない」という意味の題名が示すとおり、この作品は安定的に立ち上がるための基礎を伴っていないが、それにより夢は現実世界の重力に巻き込まれてしまうことを免れ得ているのかもしれない。
 油彩による大作《stillness Re》は卒業制作に一年ぶりに加筆を行ったものだ。中景に描かれる樹々(らしきもの)は美しい幽霊のように浮遊し、前述の再構築されない夢と同様、大地と接することはない。そして作家は述べているー今の自分が出来るところまで手を加えたが、おそらく今後もその作業は繰り返され続けるだろう、と。
地に依らず、近づいて手で触れることも出来ない情景ーこれからも作家はそんな逃げ水のようなものを追いかけるように制作を続けていくのだろう。

(2016年5月、RISE GALLERY WEBサイト https://www.rise-gallery.com/exhibition/2015-2016/may2016.html

 

 

 

 

  

像から器官へ 

-幡谷フミコの表現をめぐって

  「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です(あらゆる透明な幽霊の複合体)風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です(ひかりはたもち その電燈は失はれ)」
(宮沢賢治『春と修羅』より)

 

 「光」を作品の重要な要素とする作家は少なくない。だが、現在の幡谷フミコの仕事におけるそれは視覚的な関心とは少し異なるものだ。
  作家は1945年、東京に生まれた。少女時代から絵を描くことが好きだったが美術大学への進学は許されず、大学では建築を学びながら絵画を発表していた。卒業後、製図の技術を活かして就職したのは世界的に著名な照明デザイナーの事務所で、高度経済成長期のさなか大阪万博をはじめ第一線でライトアップの仕事を手掛けることになる。だがその多忙さに比例するように制作への情熱は高まり続け、30歳を目前に仕事を辞めた彼女は絵を描くことを人生の中心に据える決意をする。
爾来数十年間、作家は自然の情景を主題とし、技法研究を重ねながら様式を進化させることになる。とりわけ80年代半ばより画題としてきた裸樹に関しては「私にとって樹は“自画像”である」とも述べている。また、視覚混合や古典技法の応用により画面からは濁りが消え、鋭さを帯びた森厳さを呈するようになっていった。これは眼を酷使する方法でもあった。ところがある時期から作家は著しい視力低下を経験することになり、その網膜からは光が遠のいていく。そして、折しも重なった様々な状況変化と相俟って、2010年を過ぎた頃から制作に対する考え方において新たな変化が生じていくことになるのである。
  その変化とは、それまで強く意識してきた心象性およびそれに付随する具象性から距離を置き、純粋にかたちを生み出すこと、そして造形に対して一層の実験的精神を持つことであった。併せて、その頃に神奈川県立近代美術館 鎌倉で加納光於氏の展覧会を見たこともまた技法や素材にこだわらず表現したいものを追求する姿勢を後押しすることになり、やがて彼女の主な技法は油彩からリトグラフとドローイングへとシフトしていく。

そして今、作家の制作現場からはまるで北国の雪解けの季節に様々な花が咲き始めるように作品が生み出されている。それは一見、無計画に見える程の目まぐるしさであるが、分析的なまなざしをもって眺めてみれば、それらはふた組の相対的な要素をもって体系化することが可能だ。ひとつは「計画性と偶然性」、そしてもうひとつは「摂理と感覚」。それぞれの前者はリトグラフの、そして後者はドローイングの仕事に深く関連しているが、時にそられは交錯を見せることもある。
   とりわけ興味深いのは「顕」と名付けられたリトグラフの連作だ。これは1点ずつ異なる風景を表現しているように見えるが、実はイメージの基本となる1版目は共通のもの。そしてその上に重ねられる版のヴァリエーションにより、画中における明暗の地点が異なっている状態なのである。作家はその着想源が冒頭に記した宮沢賢治の『春と修羅』の一説であるということを述べたうえで、さらに次のように語っている。
  「ある時はこちらが光り、またある時はこちらが…のような、そういうものを作りたかった。」
スポットライトが当たる場所はいつも同じとは限らない。そして、人生は光輝くときばかりではないが、闇のときばかりでもない。いわば、この連作において表現されているのは半世紀以上かけて作家が辿り着いた場所からの眺望なのだ。そしてそれは、若き日に従事したライトアップの仕事や、その眼を襲った出来事など「光」をめぐる様々な記憶や感情とも決して無関係ではないだろう。
   一方、ドローイングについてはテーマよりも自然発生的に描くという行為自体を絶対的なものとし、時に画材どうし或いは画材と自らの「相性」も画面を構成する素材として制作を進めている。これは換言すれば意識と無意識、そして自己と外界のための一期一会の場とでもいえようか。
  かつては作品制作の大前提であった視神経への依拠。そこから解き放たれた作家は、すでに新たな地平へと向かい歩き始めている。そしてその作品はもはや作家自身の「像」ではなく、それ自体が作家の身体と世界をつなぐ「器官」となったのである。
(2016年2月、みゆき画廊「幡谷フミコ」リーフレット)

 

 

 

 

  

凝固する時間/拡張する世界
-『成田輝×山本春花 2人展』をめぐって[展評]

  千葉県浦安市にあるテーマパークのネズミも、赤塚不二夫が生み出した六つ子たちも、なぜか20世紀生まれのキャラクターの目はビヨーンと縦に引き伸ばされていることが多い。実際の哺乳類の目はヒトをはじめどちらかといえば横長であるのに、である。『成田輝×山本春花 2人展』の冒頭はFRPにより蘇生されたキャスパーの後頭部から始まった。成田輝によるその作品はまるで眠っているかのような角度でゴロリと横たわっていたが、裏側をのぞきこんでみればやはり例の縦長の目をぱっちりと見開いていた。作家は近年「Zombie」と名付けた連作で引退後のフィギュア等のすがたを表現してきたが、この虚空に向けられた瞳の哀しさは、その過剰な見開き具合ゆえにまた格別だ。そして気づかされるのは、目を開いたまま横たわる像が「理不尽な死」を強く連想させるということだ-まるでメデューサを目撃したゆえに一瞬で石にされてしまった者のように。そしてまた、そこからは浮き世との断絶が作品を堅牢にしてくれることを成田が信じている様子が察せられるのだが、おそらくそれは彼が本質的に彫刻家であるからかもしれない。

   油彩による山本春花の新作はドールハウスやイミテーションの宝石等、成田と同様、商業的にデザインされた製品を題材としている。が、山本の場合その関心は物体ではなくそれらをめぐる個人的な思い出に払われている。興味深いことに、少し離れてその画面を眺めればそこにはモチーフの実寸以上の茫洋とした風景が浮かびあがり、やがてイメージは画布の外へと拡張していく。それは静物画に風景画を投影させ、小さなものを大きなものになぞらえたセザンヌの構図研究を彷彿とさせるものだ。一方、ドローイングの連作「Re-atoms」では、記憶をもとに友人宅等の間取り図が描かれ、時に1階と2階が重なりあう。これは平安期以降の絵画に多用された「吹き抜け屋台」、つまり屋根を排除し屋内を丸見えにする手法のアレンジとも捉えられる。見立ての気配といい、室内の透視や合成といい、彼女の仕事には日本の伝統的表現との共通点が散見される。私的な経験を造形の出発点としながらその表現が内向的なままごとに陥らずにいられるのは、どうやらそのあたりと深く関係がありそうだ。

(2016年1月、RISE GALLERY WEBサイト https://www.rise-gallery.com/exhibition/2015-2016/january2016.html